2016年06月07日

中島公園ガイドツアー

2016年6月7日 中島公園ガイドツアー
鴨々川ノスタルジア実行委員会が主催する「中島公園・すすきのの各所を巡るガイドツアー」に参加した。今回は「中島公園ツアーコース」。去年の参加以来の2回目の参加だ。見どころ説明の多くは公園緑化協会中島公園管理事務所作成の「中島公園三十三選」リーフレットからの引用。

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中島公園ガイドツアーのスタートは札幌パークホテルから。

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中島児童会館:戦後まもなく、公園内には進駐軍のカマボコ兵舎ができたが、その後移転したため、その兵舎の払い下げを受け、1949(S24)年に中島児童会館を開設している。諸説あるがわが国で最も古くから活動している児童会館として、たくさんの子供たちがこの空間で育っていった。

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人形劇場こぐま座:大正時代から人形劇や童話会の伝統があったが、1953(S28)年から児童会館で人形劇や腹話術が始められ、日曜子供劇場に発展していった。1976(S51)年、専用の人形劇場を開設し、こぐま座と名付けられて現在に至っている。

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「明治時代に開店した『花月(画像)』は、もともと割烹だったが、業態はいろいろ変わり大正時代には博覧会のために最先端の喫茶になった」と老舗和食店「花月」オーナーの岩倉さんは語る。(『Bocket1号』より引用)

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本格的な日本庭園をと1961(S36)年から二年をかけて造成。日本庭園の基本的形式である築山林泉回遊式庭園で、道内各地の銘石、京都から取り寄せた12基の石灯籠、アカマツやクロマツなどの庭木など、みどころが多い。手水鉢(ちょうずばち)の水を地中の瓶の中に落として水音を反響させる水琴窟(すいきんくつ)も設けられている。

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八窓庵:江戸初期の茶人小堀遠州が江州小室郷の孤篷庵(こほうあん)に作った茶室「舎那院(しゃないん)忘筌」を1919(T8)年に札幌の実業家が移築。その後1987(S62)年に札幌市に寄贈され、現在地に移築されている。札幌に移築時に三分庵を付設し、水屋等を作って利便性を高めている。この建物も国指定の重要文化財である。

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国指定重要文化財豊平館は開拓使が1880(明治13)年、洋風ホテルとして北1条西1丁目に建築、翌年8月30日開館。1958(昭和33)年、中島公園内に移築した。2016年6月20日、リニューアル・オープン。昼間は観覧(個人300円)、夜間は貸室となる。付属棟を新に建設。エレベーターを設置し、バリアフリーとなる。

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札幌コンサートホール・キタラ北側のホタル橋を渡ると渡辺淳一文学館がある。

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札幌市天文台:キタラから豊平館、日本庭園の一帯は、明治時代に岡田花園があり、園亭を構えて園遊会場としての機能を持っていた。庭園の築山の名残が、現在天文台のある小山で、岡田山の名で親しまれている。天文台は北海道大博覧会のあと、1958(S33)年に建設されている。

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彫刻「相響」:美唄出身で、国際的に活躍している彫刻家安田侃(かん)の作品。イタリヤのピエトラサンタから産出される白大理石から掘り出された彫刻で、1997(H9)年に、Kitaraの開設に合わせて設置されている。館内にあるものとセットになっており、三つで一つの作品である。

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札幌コンサートホール・キタラは「子供の国」の跡地に、1997(H9)年北海道初の音楽専用ホールとして開館した施設である。特に音響効果がすばらしいとの評価が高く、世界各国の有名演奏家が来演する音楽の殿堂となっている。

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レナード・バーンスタイン像は2014年7月12日、キタラ近くの川向こうにある小さな円形広場に設置された。PMF組織委員会は、25回記念事業として立像を制作した。東京藝術大学学長で金属工芸家の宮田亮平氏に制作を依頼した。

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エゾヤナギ(公園一の老木):中島公園の場所は、もともと豊平川の河川敷であり、ヤナギを中心とした水辺を好む木が生えていたと考えられる。中でもエゾヤナギは護国神社にかけて大木が数本あり、園内一の太い木が、南14条橋のたもとに立っている。
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ケヤキ(公園一の大木):伊藤邸周辺や、偕楽園にあった開拓記念碑を移設した大通公園6丁目などにケヤキの大木が見られ、この木も伊藤組創設者の伊藤亀太郎氏が、弥彦神社創建に際して、郷里の新潟から持ち込んだ苗を植えたものであるという。

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札幌は新潟の出身者が多く、新潟にある越後一宮の弥彦(伊夜日子いやひこ)神社の分霊を得て1912(M45)年1月に弥彦神社を創建した。弥彦神社には、天照大神の曾孫(ひまご)天香山命(あめのかぐやまのみこと)を祀っていたが、1986(S61)年には大宰府天満宮からの御分霊を得て増祀している。

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かって中島スポーツセンターや中島球場があった跡地。今は緑のオープン・スペース。

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文学館:北海道出身の文学者や、北海道にゆかりの深い文学者に関する文学資料を、収集保存すると共に、文学資料の展示、文学散歩、文芸講座、講演会、刊行物の編集、刊行等、種々の事業を展開するために開設されており、1995(H7)年に北海道が設置したものである。

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木下成太郎(画像)は但馬の国豊岡の出身で父弥八郎と来道して開拓にあたり、のちに衆議院議員として国政でも活躍している。大東文化大学や武蔵野美術大学などを創設した教育者としても知られ、1941(S16)年に建てられた彫像は、朝倉文夫の作で、供出も免れて現在に至っている。

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ハウチワカエデ”舞孔雀”:かって豊水通向こう側にあった料亭「雅叙園」の玄関脇にあった名木。道路の拡幅に合わせて廃業したため、庭木を公園に寄贈した名残の木である。庭木のうち、街路樹ますの位置にあったヨーロッパクロマツは現在も残されている。

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菖蒲池(元右衛門堀跡地:開拓初期には、豊平川上流から流送される木材の貯木場として利用され、その工事を請け負った鈴木元衛門の名をとり、「元衛門堀」と呼ばれた。当初は四角の二つの堀であったが、公園整備に合わせて池をつないだり園亭を設け、少しずつ形を変えながら現在の形になっている
タグ:歴史
posted by nakapa at 21:11| Comment(0) | TrackBack(0) | イベント
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