2008/5/18
「主婦に定年はない」。それでいいのだろうか? 私はそうは思わない。 それで思い切って「定年宣言」、結果は上々。 しかし、そこまで行くのに う余曲折はあった。
定年退職後しばらくして、QPに「主婦定年」を言い渡した。 「私にも定年があっていいんじゃない」という彼女の要望に応えたつもりだ。
「ご苦労さまでした。今日からあなたも定年です」
「ありがとう。もう家事をしなくていいのね」
満面に笑みを浮かべて喜んでくれた。
「そうですね、もう家事の義務はありません。長い間、有難うございました」
「今日からは、あんたが家事をやってくれるのね。よろしくお願いします」
「私がですか? やりません! 私もすでに定年の身です」
突然QPの顔から笑みが消えた。彼女は定年になって家事から解放される意味を理解していないようだ。 ともに家事から自由になることである。 決して嫌な仕事を押し付け合うことではない。
「じゃあ、誰がやるのさ!」
態度急変、えらいけんまくだ。 私は、なんとか話し合いの糸口を見いだそうとした。
「そうですね。 我慢できなくなった方がやるというのはどうでしょう?」
「……」
ふくれっ面の沈黙。 話し合いの習慣をもたない人は、これだから困まる。
「例えば、腹が空いた方がご飯をつくるとか…」
「ダメダメ、そんなの絶対だめ」
なんとか妥協点を探ろうとしても途中で遮る。 私もついに堪忍袋の緒が切れた。
「困りましたね〜。 二人の共同生活ですよ。 なにもかもあなたの思いどおりとは行きません!」
「……」
沈黙がちょっと怖いのでトーンを下げて反応を待つことにした。
「イコール・パートナーとして協力してやって行こうじゃないですか」
「協力、協力って、一体あんたに何ができるの。なにもできないくせに、何がイコールよ!」
やはりキレてしまった。QPは完全に思考停止状態に陥っている。この場を収拾できるのは私だけだ。 二人しかいないのだから、どちらかがなだめ役になるより仕方がない。
私だって冷静ではいられないが、思考回路はかろうじてつながっている。 少し考えてみたらこんなことを思い出した。
犬や猿は序列の生き方をする動物で上下関係により動くそうだ。 猿は人に似ているし、犬は人と仲良しだ。 人間だって動物には違いない。 この線で説得してみれば何とかなるだろう。
「まったく、あなたの言うとおりです。 いい方法を考えたので聞いてください」
「コンビニとか、コインランドリーの話なら聞かないよ」
両方とも我家の近所にある。 QPが疑うのも無理はない。
「私があなたの家来になりましょう。何でも言うこと聞きますから、気軽に命じてください」
QPは正直で単純な人だ。誰もが自分のような表裏のない人だと信じている。 そして、自分が正しい主張をしたから相手が分かってくれたと信じたようだ。表情が柔和になった。
それに彼女は「命じないと動かない部下」をもった経験がない。 これがどんなにシンドイか分かってない。 このことは後ほど知ることになるだろう。
こうして「敗者なきウインウインの関係」がわが家の中で成立したのである。
「あんたはQPさんに何でも言うこと聞くと言ったな。 ヨボヨボになるまでこき使われてもいいのかい」
「こき使いやしませんよ」
「それは甘い! 家来になると言ったじゃないか」
「敵を知り己を知れば百戦危うからず……」
「どっちが皿を洗うかくらいのことで、大げさなこと言うな」
「在職中に、私は仕事QPは家事。という習慣ができてしまったのです」
「それがどうした」
「QPの家事は身に付いた習慣です。私に家事をさせようとしても、それは頭で考えたことに過ぎません。からだで覚えた習慣の方が頭で考えたことより強いのです。 これが敵の真の姿です」
「なるほど。 己の真の姿は家でゴロゴロ。これも身に付いた強い習慣だな。『己を知る』とはこのことか」
「何でも気軽に命じてください。と言ったところで、しばらくすれば頼むのが面倒になり、彼女が自分でやるに決まっています」
「ずるいな。QPさんを『名ばかり管理職』に押し上げるつもりか」
「そして、私は『名ばかり家来』、お互いの幸せのためです」
こうして私はQPの部下になったが、上司としての彼女は正直で情け深く、しかも自分で働く癖がついている。 ズボラな部下としてはこんなに有難い上役はいない。
QPは「私がいなければダメなんだから」と勝ち誇り、生きがいさえ感じているようだ。 私自身は仕事せず、家事もやらず好きなことだけをして暮らしている。
これこそ双方ともに満足できるウインウインの関係ではないだろうか。
「あなたはどう考えますか?」
「主婦の定年はどうした?」
「あれは止めました」
「無責任だな。定年を言い渡したはずだろう」
「不可能です」
「なぜだ!」
「私に言えることではありません」
「なんだと?」
「QPは私の上司です」
定年退職後しばらくして、QPに「主婦定年」を言い渡した。 「私にも定年があっていいんじゃない」という彼女の要望に応えたつもりだ。
「ご苦労さまでした。今日からあなたも定年です」
「ありがとう。もう家事をしなくていいのね」
満面に笑みを浮かべて喜んでくれた。
「そうですね、もう家事の義務はありません。長い間、有難うございました」
「今日からは、あんたが家事をやってくれるのね。よろしくお願いします」
「私がですか? やりません! 私もすでに定年の身です」
突然QPの顔から笑みが消えた。彼女は定年になって家事から解放される意味を理解していないようだ。 ともに家事から自由になることである。 決して嫌な仕事を押し付け合うことではない。
「じゃあ、誰がやるのさ!」
態度急変、えらいけんまくだ。 私は、なんとか話し合いの糸口を見いだそうとした。
「そうですね。 我慢できなくなった方がやるというのはどうでしょう?」
「……」
ふくれっ面の沈黙。 話し合いの習慣をもたない人は、これだから困まる。
「例えば、腹が空いた方がご飯をつくるとか…」
「ダメダメ、そんなの絶対だめ」
なんとか妥協点を探ろうとしても途中で遮る。 私もついに堪忍袋の緒が切れた。
「困りましたね〜。 二人の共同生活ですよ。 なにもかもあなたの思いどおりとは行きません!」
「……」
沈黙がちょっと怖いのでトーンを下げて反応を待つことにした。
「イコール・パートナーとして協力してやって行こうじゃないですか」
「協力、協力って、一体あんたに何ができるの。なにもできないくせに、何がイコールよ!」
やはりキレてしまった。QPは完全に思考停止状態に陥っている。この場を収拾できるのは私だけだ。 二人しかいないのだから、どちらかがなだめ役になるより仕方がない。
私だって冷静ではいられないが、思考回路はかろうじてつながっている。 少し考えてみたらこんなことを思い出した。
犬や猿は序列の生き方をする動物で上下関係により動くそうだ。 猿は人に似ているし、犬は人と仲良しだ。 人間だって動物には違いない。 この線で説得してみれば何とかなるだろう。
「まったく、あなたの言うとおりです。 いい方法を考えたので聞いてください」
「コンビニとか、コインランドリーの話なら聞かないよ」
両方とも我家の近所にある。 QPが疑うのも無理はない。
「私があなたの家来になりましょう。何でも言うこと聞きますから、気軽に命じてください」
QPは正直で単純な人だ。誰もが自分のような表裏のない人だと信じている。 そして、自分が正しい主張をしたから相手が分かってくれたと信じたようだ。表情が柔和になった。
それに彼女は「命じないと動かない部下」をもった経験がない。 これがどんなにシンドイか分かってない。 このことは後ほど知ることになるだろう。
こうして「敗者なきウインウインの関係」がわが家の中で成立したのである。

「あんたはQPさんに何でも言うこと聞くと言ったな。 ヨボヨボになるまでこき使われてもいいのかい」
「こき使いやしませんよ」
「それは甘い! 家来になると言ったじゃないか」
「敵を知り己を知れば百戦危うからず……」
「どっちが皿を洗うかくらいのことで、大げさなこと言うな」
「在職中に、私は仕事QPは家事。という習慣ができてしまったのです」
「それがどうした」
「QPの家事は身に付いた習慣です。私に家事をさせようとしても、それは頭で考えたことに過ぎません。からだで覚えた習慣の方が頭で考えたことより強いのです。 これが敵の真の姿です」
「なるほど。 己の真の姿は家でゴロゴロ。これも身に付いた強い習慣だな。『己を知る』とはこのことか」
「何でも気軽に命じてください。と言ったところで、しばらくすれば頼むのが面倒になり、彼女が自分でやるに決まっています」
「ずるいな。QPさんを『名ばかり管理職』に押し上げるつもりか」
「そして、私は『名ばかり家来』、お互いの幸せのためです」
こうして私はQPの部下になったが、上司としての彼女は正直で情け深く、しかも自分で働く癖がついている。 ズボラな部下としてはこんなに有難い上役はいない。
QPは「私がいなければダメなんだから」と勝ち誇り、生きがいさえ感じているようだ。 私自身は仕事せず、家事もやらず好きなことだけをして暮らしている。
これこそ双方ともに満足できるウインウインの関係ではないだろうか。
「あなたはどう考えますか?」
「主婦の定年はどうした?」
「あれは止めました」
「無責任だな。定年を言い渡したはずだろう」
「不可能です」
「なぜだ!」
「私に言えることではありません」
「なんだと?」
「QPは私の上司です」