2017年08月20日

中島公園百物語(札幌国際芸術祭公募プロジェクト)

2017年8月19日・20日こくま座前で「中島公園百物語」
このイベントをとても楽しみにしていた。中島公園百年の変遷を子供たちにも分かるように纏められていた。中島公園は余りにも変化が激しく、その魅力を伝えにくい難点がある。このイベントは歴史に興味を持つきっかけとなり中島公園の魅力アップに繋がるものと考える。16時から巨大人形等のパレードがあり、19時30分からの開演だった。

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パレードは9条広場から園路、そして人形劇場こぐま座前まで。

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巨大な人形の行進に道行く人達も驚いているようだった。

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「中島公園百物語」は今は亡き札幌コンサートホール・キタラ前の巨大ポプラからの話から始まった。

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このポプラは2006年8月21日に危険木として伐採された。周辺は変遷を重ねたがポプラは位置を示す目印になっていた。詳細 → 失われた景観〜ランドマークの木〜

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左側の画像は昔菖蒲池の中にあったライオン食堂。

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1918年8月1日−9月19日 開道50年記念博覧会で建てられた迎賓館と名誉橋。迎賓館は博覧会終了後はライオン食堂として利用された。札幌市公文書館所蔵

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北海道のラジオ放送は中島公園から始まった。現在跡地には記念碑が立っている。1928年6月 5日NHKラジオ放送開始、11月にはラジオ体操の放送が開始された。

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中島公園の東側の林、豊水通に面して立っている放送記念碑。2017年2月22日撮影

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中島公園菖蒲池では現在の雪まつりに匹敵するような氷上カーニバルが開かれていた。

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1923年2月11日 氷上カーニバル開催、以後継続。1941年2月11日まで毎年開催。戦後再開されたが広告主体となり、1974年中島球場(冬期はスケート場)でのカーニバルが最終となる。以後、札幌冬のメインイベントは雪まつりとなる。

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1940年、札幌で冬季オリンピック開催が決定していたが戦争の為中止となった。中島公園ではスピード、フィギュア、アイスホッケー等のスケート会場予定だった。この辺りの経緯について書いたことがある。よろしかったらこちらをクリック→幻のオリンピックT謎の五輪ポスター

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1959年サーカス小屋の火事でゾウ等が逃げ出した。これがきっかけで札幌まつりの見世物や露店は中島公園で開催するようになった。現在も中島公園が一番賑わう三日間である。

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昔のゾウや動物が妖怪となって今再び中島公園に現れた。祭りを連れて来たゾウ。

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以上、中島公園の歴史を伝えてくれた妖怪たち。ありがとう。お疲れ様。

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この狭い広場に千人の人達が集まった。遠くにすすきのビル群が見える。
タグ:歴史
posted by nakapa at 16:53| Comment(0) | TrackBack(0) | イベント