2009年01月21日

機能する政府への道

2009/1/21

「機能する政府への道」         
「オバマ大統領就任演説の最後の方で「政府の大小ではなく機能するかどうかが問題」と言っていた。 ようやく、この問題に触れてくれたか。と、ホッとした。

「アメリカ輸入の大きな政府=高負担=悪」というような図式が、検討もされずにがまかり通っていた。 問題は政府が機能するかどうかであって、大小などは問題のすり替えと思う。 

例えば、生きるための医療と、国を発展させるための教育を無料にしたとすると。膨大な経費がかかる。 結果として極めて大きな政府になってしまう。 税金も今までに経験したことないほどの額になるだろう。

医療は国民だれもが必要なもの、無くても暮らせる贅沢品とは違う。 これが無料になると、人々の幸せにつながることは間違いない。

「そんなことしたら財政破綻になってしまう」という、識者の意見は聞いたことはあるが、真面目な試算を見たことがない。 いくら掛かるから、税金をいくらにしなければならないという試算をだ。

どこかに試算した結果があるかもしれないが、新聞とテレビが情報源の庶民には届かない。 情報を積極的に公開しないから、議論にもならない。

教育の問題もそうだ。 教育全体を無料にした場合の試算はあるのだろうか。 現在できた経済格差は教育格差からきている部分も大きい。 試算はあるかもしれないが、庶民には届かない。

「教育を無料にすると、税金がいくら必要か」という試算があって当然である。 教育が国の発展を促すからだ。 あるなら積極的に公開して当然と思う。マスコミが議論を主導してもいいと思う。 

「せっかく教育しても頭脳が海外に流れてしまうから」と懸念する識者もいる。 仮定の問題でものを言うのなら、次のような仮定も成り立つではないか。

仮に、「医療と教育が無料の理想的な国で国民が幸せな暮らしをしている」とする。 優秀な頭脳を持つ人が、海外に出たとしても、いずれ幸せな暮らしがある母国に戻って来るのではないか。 海外の先端技術をお土産に持ってくるかも知れない。

あるいは海外に在住したままでも、母国の応援団になってくれるのではないだろうか。 母国には幸せに暮らした、いい想い出がある。 それに、父母、友人が残っているかもしれない。

国民生活の幸せに直結する「医療と教育の無料化」問題について、最初から不可能と決めつけて、国民全体の議論を深めない。 単に「大きな政府はダメ」と言ってきたのは、なぜだろう? 

医療と教育の無料化は難しい問題だが、国民全体の関心事である。 議論くらいは出来るはずだ。 マスコミでちょっと盛り上げるだけでよい。 議論に乗ってくる人はいっぱいいると思う。 

やはりダメだったと確認したとしても、全く議論しないよりもましだ。 議論の中から「どのような国を目指すか」という重要な課題が浮かんでくるかも知れない。
posted by nakapa at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記