2008年05月01日

盲点

2008/5/1

「盲点」  
私は小学校の日直代行。S人材センターより派遣されて、休日に学校の留守番をする「代行さん」である。インターフォンで玄関の出入をチェックしたり、校内を巡回したり、休日・昼間の警備員みたいな役目もある。事件もののテレビドラマなら警備員が殺されるところから始まるが、現実はホンの小さな誤解から生じるプチ・ドラマ。それでも心に傷がつく。

「ちょっと、代行さん。 変な音がするじゃない。 止めてくれない!」
新学期の準備に追われて休日なのに泣く泣く来ている、年配先生は機嫌が悪い。短い曲の繰り返しのような音だが、先生はインターフォンを指差しながら言っているので、留守を預かる「代行さん」としては無視できない。

しかし、常勤の先生が分からないことを、休日の留守番役が分かる訳がない。「はい、分かりました。調べに行ってきまーす」と、言ったところで、何を調べるか見当もつかない。それでも、じっと座っているより、その場を離れた方が気が楽だ。しばらく散歩してから職員室に帰り

「変ですね〜。担当の先生に知らせておきますね」と言って、一件落着のつもりだった。変な音が何回も続くわけがない。パソコンで作業している年配先生の机に携帯が置いてあるのが目に入った。ふと、あることが気になったが、まさかそんなことがあるまいと心の中で打ち消した。

しばらくすると、先ほどと同じ「着メロ」のような音が、また聞こえてきた。年配先生は誰に言うでもなく「また、変な音がしてる。いやになっちゃうね。忙しいのに」。大きな声でつぶやくが、顔がこっちを向いている。暗に「もう一度調べてよ」と促している。

少々うんざりしたが、先ほどと違って、今度は若い先生も職員室にいた。年度替わりの先生は忙しい。休日でも次々にやってくる。若先生は「インターフォンじゃないですよ。パソコンじゃあないですか」と言いながら年配先生の机に近づくと「アラ!携帯じゃない」と言った。それは私が言いたくても言えなかった、ひと言だった。

状況として、着メロの確信はあったが、まさかのマサカで口には出せなかった。何となく失礼のような気がしてしまうのだ。これは盲点だ。普通に考えれば、直ぐ分かることだが、まさか自分が携帯で呼ばれていながら、「変な音がする。何とかしてよ」という先生がいるとは信じられなかった。年配とはいえ現役だ。これは想定外、まさに盲点である。

先生は携帯を取ると「ごめんなさい。気がつかなくて」と見えない相手に向って、ぺこぺこしながら、遅れたことをわびていた。目の前にはパソコンが置いてある。パソコン様に向ってしきりに頭を下げる姿は、何となくこっけいだった。「変な音」が鳴るたびに、音を止めてと促した年配先生だが、原因が携帯と分かると、とたんに「代行さん」が見えなくなってしまったようだ。 これも盲点である。

「盲点とは気付かないこと。注意が行き届かない所などを意味するが、目の盲点とは目の奥の神経が集中した部分で光を感じにくい部分を言う」そうだ。
先生たちが帰って、職員室に私がひとりになったとき、消防署から電話がかかって来た。「お宅の生徒が交通事故に遭ったので、保護者の名前を調べてくれ」と、かなり緊迫した様子。これは大変だ。すぐに調べなければということで「担当の先生の家に電話します」と答える。

「今すぐパソコンで検索して、電話番号を調べてくれ」とかなり急いでいるようだ。しかし、それは「できない相談」。学校の物など鉛筆一本でも使ったことがない。まして個人情報の塊であるパソコンなど触れる訳がない。留守番が無断でご主人様の金庫を開けるようなものだ。

今日が休日であることははっきりと伝えたが、救急隊員は、学校に派遣されている「代行さん」のことは知らないようだ。ここでは私が盲点である。キチンと説明したいが時間がないのでウソも方便。「学校に用事があって、やって来た部外者ですが、休日で誰もいません。先生に急いで知らせます」と言って、やっと納得してもらった。

「お前はだれだ? 学校にどうやって入った?」という疑問はわかないらしい。盲点はいろいろな所にあるものだ。それでも何とか暮らせているから不思議だ。
posted by nakapa at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記