2008年03月21日

由緒ある街、薄野・中島

2008/3/21

「由緒ある街、薄野・中島」         
以前、北海道新聞で、ススキノの魅力アップのため官民で取り組む「クリーン薄野活性化連絡協議会」設立総会の記事を読みました。札幌駅前が発展する中で、少し寂しさを感じるススキノのために大変タイムリーな企画と思いました。

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具体的に話が進むなら、一つ提案があります。ススキノを夜の繁華街だけと見ないで、由緒ある札幌の下町と位置づけてほしいのです。かって「寺町」と呼ばれ、現在でも寺が多い土地柄です。隣接する中島公園は「歴史と芸術、水と緑の公園」として独特の個性があり、周囲には由緒ある神社が3社あります。

これらの地域特性を有効に活用し、個性を伸ばす方向での街づくりが大切と思います。具体的に言えば古い建物は保存し、新しく建てる場合は古いものとの調和を図り、ススキノを中心とする札幌南部を歴史ゾーンとして発展させることです。未来の街、札幌駅前。そして、歴史の街、ススキノという風に、南北の地域に特性をもたせ、多様性のある札幌を目指し、その中でススキノの活性化を図るべきと思います。
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2008年03月20日

ラーメンはやはり「味の三平」がいい

2008/3/20

「やはり味の三平がいい」  
〜やはり味の三平がいい〜

先ず、味の三平のサービスが気に入っている。 何回か行くと、漬物を少しだが付けてくれる。 

カウンターに座れば、これを食べている内にラーメンが出来る手順だ。 

盆暮れには簡単なお土産をくれる。 いずれもお客をよく覚えていないと出来ないことだ。

最近は年に2,3回くらいしか行かないので、行くごとに何かもらうことになってしまう。2回くれたことはない。よく覚えているものだと感心している。

注文も「味噌ですか?」と聞いてくれるので、返事は「はい」だけですむ。

水をだすタイミング、料金を受け取るタイミングが良い。 これは客のことを何時もみているからできること。

行列ができる店だから、交通整理が大切だが、それがよく出来ているので安心して待つことが出来る。 

カウンターに座れば少し待つだけでラーメンが出る。いつ食べれるか事前に分かるので、待っている割にストレスを感じない。

このサービスが40年も続いていることが凄い。 味も変わらない。 支店もださない。 

閉店時間も早いし、よく休む。 従業員を大切にしているから、メンバーが全く変わらない。 味もサービスが変わらないはずだ。

味噌を感じさせない味噌ラーメンである。 普通の大きさのドンブリに大盛り並みのラーメンと具が載っている。ひき肉、たまねぎ中心。シナチクも柔くて美味い。

40年間食べに行っているが、味も材料も外見もほとんど変わらない。 当時からいる職人は二人になってしまったが、サービスも味も変わらない。

この店の特徴は、子供と常連を大切にする。行列の秩序を守らせることである。席を少しでも空けていると「奥につめて下さい」。 荷物を座るところに置くと「棚において下さい」と直ぐ声がかかる。

1回だけ食べても美味く感じない。常連を大切にする。「つめろ」とか「荷物を上げろ」とかうるさい。こんなことがあるので試食記などには悪く書いている場合がある。

しかし、私の感じでは、ここの接客マナーは一番いいと思っている。来た客に美味しく食べてもらうと言う、飲食店としての基本が守られている。 

ときどき勘違いされて威張っているとか言われているが、そんなことはぜんぜん無い。
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2008年03月19日

ラーメンは味の三平

2008/3/19

「ラーメンは味の三平」  
〜札幌ラーメンは味の三平に限る〜
40年前札幌に来たときのことだが、三平のラーメンにはホントにビックリした。 何よりも値段にビックリした。

少し前まで住んでいた東京の蒲田駅近くではラーメン一杯が35円。 それが三平ではなんと120円! 3倍以上だから本当にビックリした。

値段の割には大したことないと思った。しかし、3回食べたらラーメンは三平しかないと思った。それ以来40年間、ラーメンは「味の三平」一筋だ。

転勤して札幌を遠く離れていても、三平にラーメンを食べに行った。仙台にいたときも、福岡に住んでいたときも、年に何回かは札幌に行って三平のラーメンを食べた。

札幌市郊外の厚別に住んでいたときも、街に行けば必ず、三平のラーメンを食べた。

ところが、都心近くの中島公園辺りに住んでからは、行き易くなったのに、徐々に足が遠のいた。今年になってからは、まだ1回も行っていない。

行きたいけれど行かなくなった理由は、昼食は友人達と一緒にホテルなどで、ゆっくりランチなどをとる機会が多くなったからだ。 単に食べると言うよりも、話しながら食事を楽しむことが多くなった。

長い間三平に通ったが、友人や家族を連れて行ったことは3回しかない。 3回ともあまり喜んでもらえなかった。 

それ以来、必ず一人で行くことにした。 食べて帰るだけの店なので、これで充分だ。喜んでもらえない同行者がいるより一人の方が気楽で美味しく感じるものだ。
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2008年03月18日

コンサートの想い出

2008/3/18

「コンサートの想い出」       
札幌コンサートホール・キタラは、去年7月開館10周年を迎えた。 キタラは中島公園のほぼ中央にある。 地下鉄中島公園駅と中島公園の南端にある幌平橋駅から、それぞれ徒歩7分の位置にある。

ある日Aさんから、お誘いのメールが来た。「キタラ町内会のnakapaさん。私達と一緒にコンサートに行きませんか。会費も割安ですよ」

外国のオーケストラに合唱付きの「マタイ受難曲」。キタラに徒歩4分の距離にありながら、このような本格的なコンサートには行ったことがない。チラシを見ると「聖トーマス教会合唱団、ゲヴァントハウス管弦楽団」と書いてある。

クラシックのコンサートは若いとき、日比谷公会堂に行って以来だ。初めて聴くマタイ受難曲を、神妙に聴いた。 

会費は割安だが、もらったチケットには「A席14,000円」と書いてあった。それも気に入ったので、以来毎月のようにキタラに行くことになった。

当時私が通っていた「やさしい英会話」の教室では、先週あったことを話す勉強があった。高齢の日本人先生が英語で聞いて、それに答える形式だ。 私の番がやって来た。

「札幌コンサートホール・キタラコンサートに行って来ました」
と英語で答える。
「なにをやっていましたか?」
「Matthew's *Passion(マタイ受難曲)」
発音には自信がないのでそのまま書いて置く。

先生はジョークが好きだが、自分で言って自分で笑うタイプである。
必ずしも上品ではない。
「股's パッション?」と言ってニヤリ。
誰も笑わない。一体何のつもりだ。
4年たった今でも分からない謎のひと言。

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「あんたが悪い。全部あんたの想像じゃあないか」
「ぜんぜん分かりません」
「とぼけちゃいけないよ。なんで耳で聞いて字が分かるのだ」
「"股"のことですか」
「"叉"、"またす"、"待たず"。いくらでもあるだろう」
「先生、**コマネチやってました」

*(強い)情念, 感情, 激情, 熱情,受難曲
**ビートたけしがハイレグを両手で表現したギャグ。
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2008年03月17日

3月17日の中島公園

2008/3/17

「3月17日の中島公園」         
〜3月17日の中島公園〜 春は3月雪融け
体調を崩ししばらく中島公園に行きませんでした。 最後に行ったのが2月10日でした。久しぶりの中島公園は雪融けが進んでいました。菖蒲池の南側は融けていて、川に行っていた鴨が帰ってきました。

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カメラを向けると鴨が寄って来ます。写真撮ってと言うわけではありません。「腹減った」と言って寄って来るのです。

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まだ、池の半分以上は凍っています。4月に入ると氷がすっかり融け、中旬には今年初めてのフリーマーケットが開催されます。

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この写真では見えませんが、豊平館前の池は、まだ凍結しています。ここは最後に融けます。袋小路のようになっているから流れが弱いのです。

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菖蒲池北側は凍結しています。ただここ(売店ミドリのそば)だけは水場になっています。河口近くで流れがあるからです。水を見つけると必ず鴨が来ます。

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2008年03月16日

鉄のトライアングル切断

2008/3/16

「鉄のトライアングル切断」         
「官僚は癒着してないと仕事出来ないとは、言いすぎじゃあないか」
「薬も過ぎれば毒となると言うことですか」
「公開するのだから、正確に書かなけりゃダメだよ」
「そうすると長くなるので、いつも悩んでいます」

「あんたの理屈は独善的だな」
「ひと味、違いをだそうと思いまして…」
「無理を通せば道理が引っ込むぞ!」

「愚か者のの一心でして……」
「聞いてやるから。言ってみな」
「では、遠慮なく」


<癒着構造の切断>
癒着とは「本来は分離しているはずの臓器・組織面が、外傷や炎症のために、くっつくこと」である。

これと同じように、本来分離しているはずの立法と行政。いわゆる政官が利権や金の為くっついてしまっている。これらに財を加え政財界の「鉄のトライアングル」を形成する。

自分の損得を考えない。新聞の政治面は読まない。テレビの政治番組は観ない。日本国憲法を読む。これらを守りつつ選挙に臨めば、必ず「鉄のトライアングル」を断ち切ることが出来る。

こう書くのは簡単だが、実行するとなると極めて難しい。しかし、いくら考えてもこれ以外に方法が見つからない。 何かいい方法はないだろうか?

<政(政界) 官(官界) 財(財界)>
官僚は法律を通すことにより勢力を広げる。その為に政治家を見方につける。見返りとして公共事業の予定を教えたり、政治家の利益になる情報を流す。

政治家は官僚から得た情報で、特定業者に利益を誘導し、何らかの形で選挙資金等を得る。 財界は工事請負など仕事が欲しい。見返りとして口利きしてくれた政治家に献金をしたり、選挙協力をしたりする。

政官財は鉄のように強固に結びつき、もたれあっている。これらを断ち切る手段の一つは、業界の利益を代弁する族議員を選挙で落とすこと。すなわち官界癒着政治家を落選させることである。

次に、正常な行政運営の妨げになっている官僚の天下り全面禁止も必要だ。なんでも、受注何億円に付き天下り一人とか相場が決まっているそうだ。真偽のほどは不明だが、火のない所に煙はたたないだろう。

官僚は特定官庁の組織の維持拡大のため、国益よりも省益を優先させる傾向がある。 目的達成の為には法律の改正が必要な場合もある。 ここにも政官癒着の温床がある。

政官財の「鉄のトライアングル」を断ち切る、もう一つの方法は、企業・団体献金を全面禁止すること。情報公開の徹底も重要である。 そして、何よりも大切なことは選挙権の有効な行使である。

トライアングル(三角形)とは言うものの、政と官の癒着を断ち切ることが最重要である。 財界は政も官も何の利益ももたらさないことを知れば、自然に離れて行くだろう。

「新聞の政治欄を読まないで選挙に行け、とはどうゆうことだ」
「新聞社も経営が大変なのです。広告がなくてはやって行けません。官界と仲良くしないと情報が取り難くなります。情報のコストが上がるのです。苦しいですよ」

「政府や政治についての批判記事も書いているじゃないか」
「政財界のちょうちん記事ばかり書いていて、新聞が売れると思いますか?」

「そりゃそうだな」
「読者と広告主、官界、政界などと上手にバランスをとりならが経営をしているのです」

「どうして選挙の参考にならんと言うのだ」
「マスコミは記者クラブを通して官庁から情報をもらっているし、財界からの広告も大きな収入源です。公正とか中立は難しいと思います」

「新聞が権力と癒着していると言うのか」

「新聞が悪いとは言っていません。潰れちゃ何の報道もできないのですから。私達購読者にも問題があると思っています。良い新聞は読者が育てるものです。 私達が社会の公器に育てなければいけません」

「そうか。景品で新聞選ぶの、もう止めよう」
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2008年03月15日

鉄のトライアングル後編

2008/3/15

「鉄のトライアングル後編」         
「鉄のトライアングル(後編)」というよりも本編のつもりで書いている。

農業や食料については自由競争の原理は通用しないと思う。 食料の極端な輸入増や廃棄は自由競争の結果といっても過言ではない。 新鮮な野菜の廃棄など本来あり得ない。 食料を遠くから運んでくるメリットなど価格以外に何があるのだろうか。

あれほど不味いと言われた北海道米も今では大人気。 我家でも最近は「おぼろづき(道産米)」だ。「ささにしき」も「こしひかり」も止めた。

美味しいものは日本中どこでも作れる。要は工夫次第、採算次第である。
タラバも毛蟹も工夫次第でどこでも養殖できるのだはないだろうか?

コストは上昇するが、日本には道路特定財源を始め、霞ヶ関埋蔵金と呼ばれる豊富な「特別会計財源」がある。これらの財源は国会のチェックがし難い。 これを一般(会計)財源化して透明化する必要がある。その結果表面化した財源を必要な政策の実現に当てればよい。

非効率な行政機構も「埋蔵金」と考えてよい。政官財の癒着構造の中にある行政だから、この「鉄のトライアングル」を切るより無駄遣いを止めさせる方法はない。

「鉄のトライアングル」 この言葉、最近はマスコミにもほとんど載らなくなった。代わりに官僚攻撃が増えたと思う。 「官」を攻撃しても「政」と「財」を放置していたら何の解決にもならない。

無駄遣いは官僚だけでは出来ない仕組みになっている。国会議員等政治家の協力が必要。財界の援助も不可欠。政官財の癒着が無駄遣いを生む温床となっている。 癒着こそ問題の根源である。

官僚も一人ひとりは良い人と思う。癒着を生む利権構造が問題なのである。 官僚になるということは、癒着構造を構成する一員になるということである。

「貴方も官僚になれば同じことをする」と言われたことがある。信じたくないが事実だろう。 官僚でも癒着構造の一員にならない人もいる。しかし、内外で「仕事の出来ない人」として疎んじられている。そうはなりたくないと思うのが普通だろう。

官僚だけを攻撃しても、政治家や財界が影で支えるので効果はあがらない。彼らは「鉄のトライアングル」で結ばれた仲間なのだ。 政官財の癒着構造を断ち切ること。これが根本的解決への第一歩と思う。
私はこう考えるが、間違っているだろうか?
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2008年03月14日

鉄のトライアングル前編

2008/3/14

「鉄のトライアングル前編」         
〜あまり聞かれなくなった「鉄のトライアングル」〜

「鉄のトライアングル」という言葉は、もはや死語なのだろうか? 最近さっぱり聞こえて来ない。 もちろんトライアングルがズタズタに切られたわけでもない。

中国製冷凍ギョーザ中毒事件は、いまだに解決していない。 しかし、これは表面に現れた問題。 背景にある食料自給率低下の方が、更に深刻である。 

世界的食料不足が問題になっている中で、日本の食糧自給率は先進国中最低で40%を切っている。ちなみにフランスは130%、自給率が問題となっているイギリスでさえ70%以上はある。

誤解を恐れずに言えば、中国のことは中国政府に任せておけばいい。 日本の食料自給率が上がれば中国の輸出量も自然に減る。 中国当局としては無責任な対応を非難されるより、輸出の減少という現実問題の方が打撃が大きいと思うのだが、どうだろうか?

食料の地産地消は、温暖化が懸念されている中で、極めて重要な課題である。 輸送距離が大幅に短縮されるので、二酸化炭素の排出減になる。 顔の見える生産者だから安全性も高まる。まさに一石二鳥である。

もう一つの問題は世界的食糧不足の中での食料の大量廃棄である。日常的に行われている日切れ食品等の廃棄。 豊作に起因する「需給調整」による新鮮な野菜等の大量廃棄である。

いろいろ矛盾した出来事だが、ほんの一部の人たちに大きなな利権をもたらしている。「鉄のトライアングル」と呼ばれる、政官財の癒着構造の中で莫大な利益をむさぼる人たち……。

鉄のトライアングルとは日本の政策形成過程における政官財の関係構造を示す言葉。族議員に代表されるような政治家が官僚を通じて法律案の内容をコントロールし、官僚は財界に影響力を行使し、財界は票を通じて政治家を動かすという構造(ウイキペディア)。

〜鉄のトライアングル前編 終わり〜      --明日に続く--
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2008年03月13日

鴨々川導水管工事完了

2008/3/13

「鴨々川導水管工事完了」       
札幌には都市公園百選に選ばれた公園が二つあります。 中島公園と大通公園です。 大通公園が大火の延焼を防ぐための空き地を確保する為、官主導で造られたのに対し、中島公園は民意で造られました。

中島公園は札幌の母なる川、豊平川に隣接し、父なる山、藻岩山を望む「水と緑・歴史と芸術の公園」です。

中島公園内を流れる鴨々川で昨年8月工事が完了した筈ですが、今も工事中です。たて看板に「鴨々川導水管布設工事」とありますが、不思議に思いませんか。「何で水が流れる川の下に水を流す導水管が必要なのだろう?」とです。

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実は工事の目的は茨戸川の水質浄化にあります。中島公園から見ればはるか遠くの茨戸川ですが、流れが弱く汚れきっているのです。浄化するには豊平川からの導水がもっとも効果的といわれています。

そのためには現在の5倍の水量を送る必要があるのです。豊平川の流れは鴨々川から創成川へと続き、茨戸川にそそぎます。その結果、創成川の水枯れを防ぐ役目も果たしてくれるのです。

しかし、園内には「水遊び場」があり、沢山の水が一度に流れたら危険です。流されたり溺れたりする事故も起こるかも知れません。この問題を一挙に解決するのが導水管です。

川の下に埋められた直系1mの導水管で総水量の80%を流し、鴨々川の流れを現在の水準に維持します。これにより子供たちは今まで同様、安全に水遊びが出来るのです。

それだけではありません。キタラの裏側を道路沿いに流れる鴨々川がきれいになります。導水管を通ってきた水は川に吐き出され、水量は現在の5倍に増えるのです。流れがよくなり川底にたまった汚泥を流してくれることも期待されます。鴨々川、創成川そして、茨戸川へ。まさに一石三鳥の導水管工事です。
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2008年03月12日

事故防止は教育が大切

2008/3/12

「事故防止は教育が大切」         
中島公園は水と緑の公園です。公園の中には池と川が縦横に張り巡らされ、池のほぼ全部と川の一部は凍っています。ここでも氷が割れ池に落ちる等の事故が起こる可能性があります。

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          画像は凍結した中島公園菖蒲池と藻岩山

事故が起こると、入れないように柵で囲うべきだ。柵を越えられないように有刺鉄線を張るべきだ等、声高に叫ばれます。

一見正しい意見のように思えます。しかし、机上の空論です。危険な場所を全部柵で囲むことは不可能です。危険な場所はいっぱいあります。海、川、山、その他もろもろです。

「いやいや、そんなことを言っているのではない。ここは特に危険なのだ」と言うかも知れません。

それならば同等以上の危険がある場所全てを柵で囲わなければ意味がありません。やはり、不可能に近いでしょう。可能としても大部分の柵は邪魔になるだけです。

暗闇のマンホールの穴とか草むらに隠れた井戸とか、人が予見できない危険は管理者責任が明確ですから別の話です。念のため付け加えます。

一般に子供を同種の危険から守るには、物理的に入れないようにする、危険を避ける教育をする。この二つがあり、現実にはこの二つを併用して対応しています。

しかし、何か事故があると「物理的な部分」が強調され過ぎていないでしょうか。いつも疑問に思っています。

危険を避ける教育をすれば、全ての場所に適用できますが、物理的に囲っても安全になるのは、その場所だけです。

それに、入れないように囲ってしまっては、実際に事故が起こったとき、助けに入ろうとする人の妨げにもなります。

教育とは単に学校教育だけでなく、家庭教育はもちろんですが、公園ならば管理者が注意を促す、さらに大人が子供に注意する。

もっと言えば大きい子供は小さな子供が危ないことをしたらを叱る。事故を少なくするには、このようなことが大切と思いました。
タグ:事件事故
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