〜ショウルーム遭遇戦〜
「母さん。母さんのあのリモコンどうしたんでしょうね?」と皮肉の一つも言ってやりたい。母さんと言っても私の母のことではない。QPにそう言わされているのだ。「貴女は私の母さんではないのですから、アイコさんでどうでしょうか」と提案したが却下された。「ボクのことをナカちゃんと呼んで下さい」と言ったのが気に入らないらしい。
「あんたはショウちゃんのお父さんだから、お父さんでいいの」とキッパリと拒否されてしまった。それはそれでいいのだが、看過できないこともある。夫婦喧嘩は家の中だけとは限らない。街中、それも店員やお客さんで賑わう店の中で突発的に起こる場合もある。遭遇戦みたいなもので結末がどうなるか予想もつかない。
2001年8月15日は私の「敗戦記念日」だ。あの時の悔しさは生涯忘れることはないだろう。頼みとする援軍には逃げられ、QPとの戦いに敗れ大損害を被ったのである。新築のマンションの照明を買う為に、札幌駅北側の大きな電器店のショウルームに行った。そこで店員の計略とQPの強情の為、必要のないリモコンを大量に買わされてしまった。
「(照明の明るさを切り替える為の)ヒモは要りますか?」と店員。 誤解を与えるような言い方だ。これでQPは引っかかってしまった。最初は私もヒモの話と思った。「いりません」と声をそろえて答えた。ここまでは私達の息はピッタリだった。我家の習慣として照明の切り替えはしないから、壁にスイッチがあれば、それで充分だ。ヒモは邪魔だから鋏で切ってしまう。従って、何十年にわたり、我家の照明にはヒモがぶら下がっていない。
「ヒモは要らない」と言うことで二人の意見は一致していた。 しばらくすると、私は店員がリモコン付きの照明を勧めていることに気が付いた。しかし、QPはまだ気が付いていない。と言うよりもリモコン付き照明の存在そのものを知らないのだ。私も現物を見たのは、その日が初めてだった。ここで決定的な認識の違いが生じたのである。
店員はリモコンの説明をしないで、「ヒモは要りますか?」とか「ヒモは使いますか?」とか、何故ヒモの話ばかりするのだろう。これだけは今だに納得が行かない。確認すればすむことだが、突然二人の認識が違った為、いきなりQPとの遭遇戦に入ってしまった。お互い、電器店のショウルームで戦う気など全くなかったのだ。
まるで、お店と我家との代理戦争のようだ。QPは知らずにお店の傀儡となっている。ならば店員はQPを操る皇帝か。私一人が我家の味方?まさかそんなことにはなるまいと思った。店員にも職業的倫理感があるはずだ。二人の争いを見ていれば、リモコン付き照明を勧める意欲も失せてしまうだろう。ここが勝負とばかりに店員の援護を当てにして強敵QPに戦いを挑んだ。
「リモコンなどいらないでしょう」
「リモコンってなによっ? ヒモの話をしているのでしょ」
「ヒモが付いていたら切ればいいでしょう」
「最初から付いてなければもっといいじゃない!」
「リモコンなんか使わないよ」
「ヒモだって使わないよ。要らないでしょ。今までもなかったし!」
そろそろいいのじゃないかと思って「援軍」であるべき店員の方にチラリと目をやると、店員は思いもよらぬ行動に出た。「お二人で話し合って、決まったら知らせて下さい」と言うが早いか、その場をさっさと立ち去ってしまったのだ。
なんたることだ。我家の力関係をしっかりと見抜いて、自分にとって最良の道をチャッカリと選んでいるではないか。罠を仕掛けた猟師のように、ゆっくり休んで帰ってくれば獲物はちゃんと罠にかかっている算段だ。もちろん罠はQP、獲物は私。
「それで、リモコン付き照明を買ったのか」
「『援軍』に逃げられたのです。勝てるわけないでしょ」
「店員のせいにするな。自己責任だ」
「リモコンなど要りません。壁にスイッチがあれば充分です」
「QPさんは使っているんだろう」
「使うわけないでしょう。ヒモが無ければ、それでいいのです」
「もったいないな」
「QPはショウちゃんが、帰省したとき必要だと言い張っています」
「じゃあ、ショウちゃんが使うのだな」
「ものぐさだから、一旦点けたら朝までそのままです」
「じゃあ、QPさんは、どうしてヒモは要らないと頑張ったのだ」
「ヒモの分だけ安くなると思ったのでしょ」
「ヒモもリモコンも要らないと言えばよかったじゃないか」
「考える間もなく遭遇戦に巻き込まれまして…」
「… … ?」
遭遇戦とは部隊の戦闘展開が不完全な状態で発生する戦闘であるが、移動中に突発的に発生する場合もある。全く予想していない敵と遭遇する場合は不期遭遇戦と呼ぶ。(Wikipediaより)
店員 → 全く予想していない敵