2007年12月15日

謎の家族(前編)

2007/12/15

「謎の家族(前編)」         
〜壊れた想い出〜 
東京から兄が来て、私の大切な「古き良き想い出」をぶち壊して帰って行った。

久しぶりに昔話などするからいけなかった。話している内に時代は次第に遡り、ついに戦前にまで行ってしまった。

「A市の家は大きかったな。門から玄関までが凄く遠かった。今で言う豪邸だな」と私。
「途中に大きな池のある庭があったな」兄。
「長い廊下を走って遊んで、よく叱られたものだ」
「オレは風呂で水泳の練習をしたよ」

「あの家での暮らしは唯一のいい想い出だな。 上流の暮らしもオレは5歳まで、兄貴は9歳まででおさらばだ。 戦後は貧乏のどん底へ急降下だったな」
「上流?一体どこの誰の話だ」
「もちろん、ウチの事さ。お屋敷に住んで美味いもの食って、お客さんは海軍のおエライさんや各界の名士。 お袋は奥様と呼ばれ、オレは坊ちゃんだ。 女中だっていっぱい、いたじゃあないか」

「女中......?」
しばし沈黙......。
「ああ、女工さんのことかね。 あの家は親父の勤めている会社のもので、故郷を離れて働いている女工さんの寮になっていたんだ」

「女工さん......?」
今度は、私が沈黙。

「聞いたことないぞ。 お袋がいつも『昔は何もかも女中が世話してくれて、なに不自由なく暮らしていた』と言ってたじゃないか」

クリックすると元のサイズで表示します

(写真は、この頃より約4年前、長男5歳、次男3歳、三男の私は1歳。2年後「お屋敷」へ転居)

「夢を見ていたのさ。 海軍のクラブもやっていたな。いわゆる宴会場だね。 お袋は寮の管理と宴会の仕事でてんてこ舞いだ。 それで女工さんをてなずけて、お前の面倒みさせていたんだよ」

何か変だ。そう言われても、にわかには信じ難い。 しかし、兄の話は辻褄が合っている。女子寮兼、宴会場として使える家なら大きくて当たり前だ。 

私は三男、他に二歳上の次男もいる。 この話が事実なら、なぜ二人とも、今まで何も話してくれなかったのだろう。 何十年もたってから、突然打ち明けられても戸惑うばかりである。 --後編に続く--
posted by nakapa at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記